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2007.01.07 (Sun)

Sports Graphic Number(425号)「復活」その意志と力。

Number425Sports Graphic Number 425
「復活」その意志と力。
文藝春秋
(1997/08/28)
商品在庫なし

今号の気になる記事を2つ紹介します。
◆[ロングインタビュー]前園真聖「獣の瞳をもう一度」。
アトランタ五輪代表キャプテンだった前園。彼は五輪アジア予選の後、一躍ヒーローとなり、その活躍が認められ代表でも、なくてはならないアタッカーの一人になりつつありました。しかし、五輪が終わってから絶不調に陥り、代表も呼ばれなくなりました。もちろんその原因は本人が良く知っていたのですが、克服するために多くの時間が過ぎていました。
しかしフランスW杯も控えたこの時期、彼もまた復活のときを信じて走り始めていました。もちろん前園と入れ替わりで中田英寿が代表のアタッカーとしての地位を確立し、城彰二も代表に選ばれ、あせる気持ちもあったと思いますが、彼はどこか達観したようで、でも"まだ、やれるぞ"という思いでいたことがこのコラムから溢れ出ています。
以下、本コラムからの引用です。

「いい選手でした。相手が倒しにきても、はねとばして突進していく強さがあって・・・。変な話だけど、見てて、身体が震えてきたくらいでした。で、あの時の俺、すごくいい目をしてるんですよ・・・(中略)・・・あれを、取り戻さないと」


◆[絶望からの帰還]小倉隆史「あの階段の彼方に」。文=金子達仁
当時五輪代表に小倉が加わると言うニュースを聞いてから、アトランタ五輪はどこまでいけるのだろう。もしかして・・・と期待したことを思い出します。しかし、五輪本番でも彼の雄姿を見ることはできませんでした。小倉隆史という選手と対戦したことはないのですが、彼の高校時代の試合は何度か目にしていて、「怪物」以外の表現が難しいほど、放つオーラに圧倒され、いつからか彼のプレーが大好きになりました。
この怪我は確かに大きな怪我でしたが、もしかして・・・と言う希望を胸に、いつも彼の近況を知らせるニュースを探していました。
今まで何度もこのコラムを読みましたが、彼の怪我をしたときの状況を見聞きするたび、涙を流さずにはいられないほど、気持ちが高ぶる私がいます。
以下、本コラムからの引用です。


獣のような絶叫が口腔から溢れ出た。爪が食い込むほどに握り締められた拳が、何度も、何度も、地面に叩きつけられた。気を失ってしまえれば、どれほど幸せだったことだろう。だが、願いは叶わなかった。グラウンドから運び出され、病院に担ぎ込まれ、ホテルのベッドに横たえられるまで、小倉の精神は正気と狂気の狭間に捨ておかれた。意識を遮断することさえ、彼には許されなかった。・・・「神さま、おるんか。俺、何かしましたか」
天井あたりに虚ろな視線を這わせながら、小倉はつぶやいた。
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2006.11.26 (Sun)

Sports Graphic Number(424号)ブラジル代表 史上最強軍団の全貌。

Number424Sports Graphic Number 424
ブラジル代表 史上最強軍団の全貌。
文藝春秋
(1997/08/14)
商品在庫なし

今号の気になる記事を2つ紹介します。
◆セレソンを見ずに死ねるか!
文=杉山茂樹
今号の特集でもあるブラジル代表。当時RO-ROコンビが完成され、あのカテナチオで有名なイタリアでさえも2点のリードを取りながら、まくられかけた(3−3の引き分け)結果をみても、彼らが最初から本気であれば何点差がついたことか・・・。アメリカワールドカップ後、ロマーリオは相変わらずその決定力でブラジルのFWを引っ張っている中でのロナウドの台頭、ドリブラーのデニウソン、大将ドゥンガ、レオナルド、カフー、ロベルトカルロスといった早々たる面子がそろって、いよいよ1年後に控えたワールドカップの連覇成るか。そんなスーパーチームだったことがうかがえる。

◆[One shot interview]中田英寿
文=金子達仁
アトランタ五輪後のヒデの声だった。あの大会は過去となり、彼はマスコミ嫌いという姿勢を鮮明にしだした頃でした。このコラムは、何故マスコミ嫌いになったのか、その理由を話してくれています。まさにその理由は最もな話で、決して彼だけが感じていることでもなく、どんなプロスポーツでも同じ思いをしている選手がいるだろうなと容易に想像できました。このコラムを読んでからというものテレビや新聞の記事をストレートに信じなくなり、自分で生の言葉を聞いて足りないところを補うようになりました。
あと、このコラムで印象的だったのが、プロサッカーリーグができて、最初によく語られていた「マリーシア」という言葉について。ヒデが考えていたことが私も感じていたことと同じだったことで、すごく印象に残りました。まだまだJリーグではこんな意識もない選手がいることに憤慨しながらも、今の若手がベテラン相手にファイトする姿を見て、「よっしゃ!!負けんな」と応援しています。
以下本コラムからの引用です。
昔からイヤだったんですよね。なんでもない接触で大げさに吹っ飛んだり、グラウンドをのた打ち回ったりしてレフェリーにアピールするのって。なんか、カッコ悪いじゃないですか。しかも、日本人選手って外国人とやると、倒れてばっかでしょ。あれ、子供の頃からイヤだった。
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2006.11.23 (Thu)

日本サッカー 新時代の若き獅子たち。Sports Graphic Number(420号)

Number420Sports Graphic Number 420
日本サッカー新時代の若き獅子たち。
文藝春秋
(1997/06/19)
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今号の気になる記事を2つ紹介します。
◆[Number Eyes]
欧州一の問題児にしてカリスマ的存在だった元仏代表のカントナが余力を残して引退表明。
文=田村修一
当時まだ31歳のカントナが引退?!私には驚き以外の何物でもないニュースだった。フランス代表には召集されない日々が続いていたが、マンチェスターユナイテッドでは、まだまだ「キング」の称号をほしいままにチームの間違いなく中心だったし、まさかだった。
本当に正義感が強く曲がったことが大嫌いなことで、様々なトラブルを引き起こしましたが、彼のプレースタイル、身に纏う風情が大好きだった。
以下、本コラムからの引用です。

ちょっと太めの身体は、いつも背筋をピンと張り、視線は常に遠くを眺めているそんなスタイルなのに全力で走り、何気なく優しいパスを送る、そして時には残酷なほどのシュートを放つ。

ベッカムが台頭する前の、マンチェスター黄金期を作り上げたカリスマがいなくなるのは、残念だった。

◆[探訪ルポ]アトランタ五輪代表「岐路」。
文=金子達仁
「経験値」といっても年数以外の経験値という尺度があることを、私は中田英寿に教わりました。そして、同じようにアトランタ五輪を経験した選手たちにもその意味がわかるようになり、そしてジェネレーションギャップが起来ていました。みんなが同じ気持ち、境遇ではなかったのですが、28年ぶりのオリンピックで世界を経験した彼らが日本代表を変えてくれるのではと、このとき期待せずにいられませんでした。
以下、本コラムからの引用です。

わずかに4年前、日本代表では韓国に勝っただけで泣いてしまう選手が多数派だった。時代は確実に変わりつつある。
「すべて慣れですよ、慣れ」
”ジェネレーションA”のさらに先を行く男、中田は事も無げに言った。

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2006.11.20 (Mon)

Sports Graphic Number(418号)「戦場」W杯への道。

Number418Sports Graphic Number 418
「戦場」W杯への道
文藝春秋
(1997/05/22)
商品在庫なし

今号の気になる記事を2つ紹介します。
◆[特別読物]オランダサッカーの矜持「美学に死す。」
文=木次成夫
オランダといえば、世界のサッカーの中でもそのサッカースタイルはファンの多い国の一つだと思う。私が思うに、彼らのサッカーは「おもしろい」の一言に尽きる。サッカーの醍醐味は、やはり流れるようなパスワークだと思う。そのためにはそれぞれが次のプレーを予測し、仲間を信じて走りだしていないと、そんなプレーは続かない。
以下、本コラムからの引用です。
「Football should be a party」
オランダという国のサッカーを象徴する言葉だなあと感じました。
日本代表も世界から見てこれが日本のサッカーだといえるスタイルを確立できたらなあ。と思います。

◆[勝利への模索]仏代表監督エメ・ジャッケが語る「開催国の十字架」。
文=田村修一
偉大なるカリスマ エリック・カントナ抜きで当時フランス代表を組織しようとしていたことは、誰の目にも無謀なことだと思っていました。そして当時はまだチームの中心ではなかったジダンは、このインタビューには登場しません。このチームの中心はデシャンでありジョルカエフでした。私の記憶ではあまりパッとしないフランス代表だなあという印象があります。プラティニ引退後、彼の後継者としてカントナが中心となったフランス代表でした。確かに運悪く、アメリカワールドカップには日本と同様ロスタイムにブルガリアに同点に追いつかれ、出場権を逃しましたが、それでもまだカントナは円熟期であり、プラティニの後継者として輝かしいホスト国としてのサッカーを見せてくれると信じていました。

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2006.11.09 (Thu)

Sports Graphic Number(402号)欧州革新。

Number402Sports Graphic Number 402
文藝春秋
(1996/09/25)
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今号の気になる記事を2つ紹介します。
◆[イギリス紀行]プレミアリーグはチョべりグー
文=金子達仁
チェルシーとアーセナルのロンドンダービー観戦記から始まり、同じロンドンにあるウィンブルドンの古きイングランドスタイルのサッカーに思いをはせてみたり、4部に落ちてもチームを去らなかった代表選手がいて、そんなチームを純粋に応援をする幼い少年が印象的な話。
大学時代に各国リーグを観戦して回ったのですが、金子達仁氏が最後に記しているように、フットボールリーグでは本当は世界一の観客がいるのはプレミアリーグだと数年たった今も信じています。

◆[ノンフィクション]カヌーの天国と地獄。
文=リカルド・セティオン
ヌワンコ・カヌー。ナイジェリア代表であのアトランタ五輪金メダルチームのエースだった彼です。
当時五輪で金メダルを戴いたにもかかわらず、心臓疾患が発覚し、ドクターからは今後サッカーを続けることは不可能と言う診断が下されたのです。このコラムは、彼の小さな可能性があるというところで終わっています。
しかし現在彼はまだプロサッカー選手としてあの川口能活が所属したポーツマスFCでサッカーを続けています。”ミスター・スリープ”健在です。これからも応援していきたいと思います。
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